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唯物論と観念論の世界。

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ひさびさに復活。某研究会で勉強会。


長期に中断していたフォイエルバッハ論。

(注 ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ(Ludwig Andreas Feuerbach, 1804年7月28日 バイエルン州ランツフート Landshut - 1872年9月13日 ニュルンベルク)は、ドイツの哲学者。青年ヘーゲル派の代表的な存在である。著名な刑法学者のアンゼルム・フォイエルバッハの四男である。ヘーゲル哲学から出発し、のちに決別。唯物論的な立場から、特に当時のキリスト教に対して激しい批判を行った。また現世的な幸福を説くその思想は、カール・マルクスやフリードリヒ・エンゲルスらに多大な影響を与えた。マルクス的観点から見た哲学史では、ヘーゲルとマルクスの橋渡しをした人物としてその名を見ることができるが、近年のフォイエルバッハ研究では、マルクスには解消されないフォイエルバッハ独自の可能性が指摘されている。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)


メモ。


 フォイエルバッハにおける道徳観
人間が生まれながらに持つ幸福への衝動は常に二重の修正を受ける
第一に行為の結果による修正
(酒を飲み過ぎれば二日酔いになる)
第二に同様に幸福への衝動を持つ他者を考慮することによる修正
(皆が信号を守らなければ交通は正常に機能しない)

つまり自制と他者への愛がフォイエルバッハの道徳の二つの根本規則

 これに対するエンゲルスによる批判
幸福への衝動を満足させる手段や対象を持たない物にとってこれらは何の意味もなさない。
「同情するなら金をくれ!!」(エンゲルスは資産家で金持ちだけど)。

 幸福へ権利の尊重が表面的には行われていたとしても実際、それらを満たすのは物質的手段に他ならない。持てる者と持たざる者が存在する社会で、いくら万人融和の愛を説いたところでそれは机上の空論でありなんの役にも立たない。
 
 フォイエルバッハの道徳観はあらゆる時代、あらゆる民族、あらゆる社会において適合するが、だからこそ実際上は何の意味も持たないのである。


愛は地球を救わない。まずは水と飯とカネである。




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